男たちのYAMATO | チャンネル83

男たちのYAMATO

昨日、せっかく映画の話したんで、前に観た「男たちのYAMATO」の話も。

でも、正直ちゃんと書けるか不安だったりする。

 

この映画、屈強な野郎ども2人と一緒に観てきた。

一人は大学の体育会本部の代表を務めるやつ、

もう一人は来年度から居合いの師範として渡米するやつという、

正に「男たちのYAMATO」を観るにふさわしいメンツ。

もう誘うならこの2人しかないし、何よりネタとしても面白いメンツじゃん、

という訳で誘って行ったんだ。(ちなみに2人ともゼミ仲間)

もちろん、2人とも即オーケーだったよ。

そんな野郎どもと観た「男たちのYAMATO」。

 

で、ここからが本題。

映画なんだけど、泣きかけた。

自分でもまさかって気がするけど、こみ上げてくるもんがあった。

あやうく泣くんじゃないかって思った。

何だろ、この映画。

なんかあんまりうまく感想書ける気がしない。

難しいよ、このテーマ。「戦争」って。

でも、稚拙でも青臭くても、それでも書こうと思う。

 

戦争なんてモン、肯定できやしない。

日本っていう国はアジアの国々に対して侵略戦争を行なった。

もちろん知ってる。

もちろんそれは悪いことだと思う。

僕らの国は悪いことを行なった、それは事実。

 

でも、「YAMATO」を観て感じた感情はそれとはまた違うもんなんだ。

それぞれが抱えていた感情は別もんだよ。

死地に赴く兵士達の悲壮さ、

次々と死んでいく兵士達、

生き残った者の苦しみ、

それに感じる感情は良い悪いじゃねーよ、やっぱ。

そういう事実があった、で、それはやっぱり痛いし切ねえよ。

 

沖縄でどんどん兵士が死んでいくシーンや、

生き残った兵士が仲間の死をその母親に伝えるシーン、

やっぱり辛かった。

 

単純な僕はこの映画を観て色々と考えてしまった。

 

この映画は戦争を肯定するための映画じゃないと思う。

やっぱり否定するためのもんだと思う。

「次の世代の為に死んで礎になる」といったようなセリフが作中にあった。

死に望んだ兵士の意志を伝える為の映画、

二度と戦争を起こさせないって遺志を伝える為の映画、

そう僕は勝手に解釈した。

異論反論あるかもしれないなー。

お前は何も分かっとらんって。

自分でもそう思うよ。

 

やっぱりうまくまとまらないな、この感想。

ごめん、こんなんで。

 

難しいな、「戦争」って。