風の歌と冬の散歩道
この日、僕は石神井公園の森に行った。
何でかって言われてもわからない。
ただ、不意にある感情に襲われた。
時々襲われるんだ、この感情には。
こいつに襲われた時によく行くのが森だったりする。
気付けば行くようになっていた。
やるせなさだったり、寂しさだったり、
そんな感情のせいでバランスをとれなくなった自分をチューニングするかのように、
僕は森に行く。
ふと行きたくなった。
だから行った、それだけだ。
図書館で前々から読みたかった村上春樹の「風の歌を聴け」を借りた。
そして電車に乗った。
電車に揺られて石神井公園の駅に到着。
そこから更に公園に向かって、いつもの道をいつものように歩く。
吐く息は白く舞う。
前日に降った雪は朝には既に止んでいたけど、
公園内の人は心なしか少なかった。
寒くて出たくないのだろうか?
地面の雪はまばらにしか残っていない。
それでも空の白さが僕のいた世界を白く染めていた。
一人公園内を歩く。
響く足音が心地よい。
ここにいる時は一人が怖くない。
一人であることも心地いい。
森が持つ不思議な感覚に包まれる。
いつもの茶屋で汁粉かなんかでも頼もうとしたけど、あいにくの休み。
「今日は寒いですね~」なんて会話でもしようかと期待していたけど、残念。
そこにあるのは自動販売機のみ。
ハートウォーミングな会話なんか期待すらできない。
渡り鳥が枝に止まるかのように、近くの鉄柵に腰掛ける。
借りた「風の歌を聴け」を読む。
静寂が本を読むには丁度いい。
ただ本だけを読む。
本をよく読むようになったのはここ一年の話だ。
何かで「独り者のなぐさみ」とかそんな風に読書のことを言っていた気がするけど、
ありゃあ言いえて妙だ。
一人で自分を相手に禅問答をやるようになってから僕は本を読むことが多くなった。
一人で物思いに耽りたい時に読むのが本なんだろう。
途中、流石に寒くなったので自販でホットココアを買う。
本当は汁粉が飲みたかったけど、あいにく売っていない。
7台もあるんだから1台ぐらいあってもいいのに。
そーいや昔、尾崎は缶コーヒーを100円で買えるぬくもりとか言ってたっけ。
もっとも僕が飲んでるのは120円のココアだけど。
手にすれば温かい。
でも、飲めば冷たくなっていく。
安っぽいぬくもり。
消えないぬくもりがあればいいのに。
飲みきってすっかり冷えた空き缶はゴミ箱へ捨てた。
ココアを飲んだ後も一人「風の歌を聴け」を読む。
少し寒くなってきた。
手が冷たい。
でも読みたかった、今、この場所で。
ようやく本を読み終えた頃、
空はそれまでの白にオレンジのグラデーションがうっすらかかっていた。
丁度いい頃合だったので、僕はその場を離れた。
帰り道の途中、突如不思議な感覚に襲われた。
それは森から元の世界に帰る合図だったような気がしてならなかった。
さて、退屈な日常に戻ろう。
この日の1曲 冬の散歩道/サイモンアンドガーファンクル